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M’s LAB 得寿堂について

施術を受けた方のお喜びの声

▼営業時間
月~金 13:00~21:00(最終受付20:00)
土 10:00~19:00(最終受付18:00)
▼定休日
日・祝日
▼所在地
〒150-0001
東京都渋谷区神宮前1丁目19-13 ドミシール平野405
▼アクセス
・JR山手線 原宿駅 竹下口より徒歩1分
・東京メトロ明治神宮前駅2番出口より徒歩3分
電話番号【完全予約制】:090-5087-8626
▼責任者
三好 惟久

東京 M'sLAB 得寿堂のコンセプト

M‘sLAB得寿堂のコンセプト

以前あるテレビ番組を見ていたら有名な海外の自転車メーカーの社長がこう言ってました。

『我々は単に自転車を売ってるのではなく、サイクリングを売ってるんです』

それになぞらえて得寿堂のコンセプトをいうならば―

頭痛を改善する事だけが目的でなく、頭痛なんかに捕われずに、クライアント様ご自身がもっとエンジョイできる充実したハッピーな人生を送れるようサポートしていきたい

と考えています。

こんな状態で楽しく、充実した人生が送れるでしょうか?

かつては私自身、ひどい頭痛持ちだったからこそ頭痛持ちの方々の気持ちや状態が誰よりもわかるセラピストだと自負しています。

『人間はたった一つの良い事ではなかなか良くならないが、たった一つの悪い事で悪くなるものです』
と言われたのは酵素栄養学で有名な鶴見先生の言葉ですが、まさにその通りだと思います。

頭痛の原因も人それぞれです。
それを改善していく為に当サロンで施術を受けるだけでなく、さとう式リンパケアやひまし油湿布などのセルフケア、酵素主体の食生活の実践など総合的に取り組んでもらうことによって、結果として頭痛に悩まされないそして頭痛をコントロールできる真の健康を取り戻していくものだと考えています。

得寿堂は頭痛を改善していく技術の向上だけでなく、出来るだけ真の健康に役立つ情報を皆様にお伝えしていきたいと考えています。

三好式頭痛改善整体メソッド

私は自分が長い間、慢性の頭痛持ちだった経験を生かし三好式頭痛改善メソッドを開発しました。

総合格闘技というのがありますが、三好式頭痛改善メソッドはまさに総合頭痛改善メソッドです。
総合格闘技がキックや関節技など何でもありのように頭痛が改善する為の良いもの何でもとりいれて体系化しました。
クレニオセイクラルセラピー、さとう式リンパケア、アロマテラピー、ひまし油湿布、鶴見式酵素栄養学、フラワーエッセンス。

すべてを用いて目指すのは頭痛を消す事でなく「硬膜の緊張」を緩めて頭痛が起こりにくい健康な身体作りです。

頭痛をこの先人生から100%消す事は難しいでしょう。

しかし頭痛薬を手放せない今の状況を改善し一番辛い時を10とするなら薬に頼らなくても3以下のレベルにキープできる事が大切だと考えます。

何故なら得寿堂が注目する硬膜の緊張を緩める事は神経の活性化につながり、交感神経と副交感神経のバランスをとることになるからです。

頭痛を改善していく事はは健康長寿社会が叫ばれる現代の日本にマッチした長く現役でいられる健康体を維持する事にもつながると思われます。

頭痛持ちの心がけ3か条

 「硬膜が緊張」するという事は中枢神経である脳が締め付けられて緊張してるので頭痛持ちの人ほど、ストレスに敏感で神経質になるのは当たり前です。
当サロンで施術を受けると決められたらあとは出来るだけ頭痛の事は忘れるように心がける事が大切です。
どうしても頭に違和感や緊張感があるためそこに神経が集中してしまい余計に悪化させてしまいがちです。

武道の世界には八方目という言葉があります。
相手と対峙した時、一点しか見ていないとやられてしまいます。
八方つまり全体を見るように心がける事が大事です。
頭痛だけに注意を捕らわれないように外へ大きく注意を向けて生活する事が大事です。

また気持ちのうえでは以下の3つをあげておきます。

1.心配しないこと  2.すべてうまくいく  3.これでいいのだ

繰り返しになりますが硬膜が緊張している間は神経質になりがちなのでこの3ヶ条を心がけながら八方目を意識して外に目を向けながらリラックスを心がけて生活するようにしましょう!

得寿堂の由来

私の両親のそれぞれのご先祖様はその昔、漢方医でした。

父方は奈良の高取城にいたと聞いてます。

母方の私の曾祖父、大串管蔵(天保9年4月13日生〜大正10年4月17日没)は佐賀県鍋島藩が江戸幕府から鎖国中、唯一海外との交流も認められてた長崎の出島のある長崎湾の警備の為に作った深堀城(現在は長崎市深堀町に陣屋敷跡として一部残ってます)の漢方医でした。

明治維新後、城はなくなったのでそのまま深堀町で漢方医を開業しました。

その屋号が得寿堂です。

当時は天井に乾燥した薬草が大量に吊ってあったそうです。また現代で言うカッピング、吸い玉療法も行ってたと聞きました。

初代得寿堂 大串管蔵(漢方医)

▲初代得寿堂 大串管蔵(漢方医)

大串管蔵の3男、田代良顕(田代家へ養子、明治20年12月13日生~昭和35年10月27日没)が私の祖父で、長崎医学専門学校(現在の長崎大学医学部の前身)出身で西洋医学を学んだ医師になりました。

戦争中は海軍医となり第3艦隊の軍医長を勤め海軍大佐退役後は上海公部局衛生局長を勤め、終戦後長崎市深堀村に引き揚げ得寿堂医院として開業しました。

晩年は長崎市議員として当時の深堀村を長崎市に編入する為、尽力したと聞いてます。

現在のM’sLAB得寿堂の店内に飾ってある額や中国茶器などは祖父が上海から持ち帰ったものです。

第二代得寿堂 田代良顕(医師、海軍大佐)

▲第二代得寿堂 田代良顕(医師、海軍大佐)

代々、受け継がれてきた得寿堂の薬箱です。(長崎市歴史博物館に寄贈)

▲代々、受け継がれてきた得寿堂の薬箱です。
(長崎市歴史博物館に寄贈)

お問い合わせ・ご予約方法  お電話をお掛け頂きましたら「お電話ありがとうございます。得寿堂です」と応対致しますので、「はじめてなのですが予約をお願いします」とお答えください。

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